2月12日(月)、天気、晴れ。東京都某所。都内でひっそり(あまりにひっそりと)劇表出に営む劇作家 B子の制作現場にお邪魔した。
稽古場はよくある音楽貸しスタジオ。いつもは完全にひとりで制作を進めているようであるが、今日は他人(私、とテクニカルチームの同僚)がいるという違いがある。何が違うかというひとりとさんにんとでは、利用料がだいぶ異なる。若干の恐縮をしながら、しかもB子から差し入れに缶コーヒーまでいただいてしまう。
稽古はすっかり暗くなった時間に開始される。些か終電を気にする私たち。その旨を伝えると、稽古は60分、60分で部屋を出ないといけないという。私は完全に未知な現場に来ているもので若干の戦々恐々とした感触をもっていたが、この稽古場が短期決戦のときであると理解して、密かに自分の仕事をしようとぐっと稽古場に潜んだ(なお、公営施設などと違い、音楽貸しスタジオは機材(演奏用)なども充実しており、もちろん料金も全然異なる。B子の制作は何までB子ひとりが進行、負担、企画している前提もあって、つまるところアドレナリンの出そうな空間だと感じた。日常的な稽古場見学と言うより(私は稽古場見学の数が少ない方ではないと思うが)、特別な時空に踏み入る、ヒリヒリとするアプローチ)。
B子の稽古では、ワードの連呼が多用される。チューニングが起こって、表現が整えられていく。
言い方が模索され、戦士の肉体と銃身が一致していくようにすーっと照準が定められていく。
「Wow Wow」
ときおり、楽器の試し鳴らしのような声があげられる。全く理に適ったチューニング。
段々と場と自身、セリフと声音、劇世界などがB子の手中に収まっていくように感じられりと、主に目立つワードの連呼は主に目立つフレーズの繰り返しに移行し、シーケンスが何度も彫刻されていく。それは今回あるうちの4つの作品(主に再演2つ)の境を越えて、色々なワードで彩られて、反響を得てたしかに深まって象られていく。
素振りのようであり、舞踊のようであり、インストバンドのようであるたくらみを感じる(一面的な紹介として、B子のやっているのは、一部の好事家たちからすると、現代音楽と称されるものの一属であるのかもしれないとも思った)。
B子の声が、内省的ではなく、結果的に発せられる時、稽古場のドラムが綺麗に共鳴する。
B子の稽古場にドラムがあることはとても良いことなのだろうと思った。
何かを肯定してくれるうつくしさが、ドラムの音とB子の声の間には発生している。そういうことは想像しやすい。脱力された喉元により、浴槽で完璧なリバーブに包まれることに近い。私が思う素晴らしい役者というのは自然を操る。舞台上に限らない。役者が手を翳せば雲がのくし、凄めば突風が吹く。それらはあくまでギミック的ではあるが、近しく、ドラムとB子が共鳴しているのが顕在化する。顕在化するということに悪いことは少ない。少なくとも芸術の仕事それ自体にとっては。それ自体が成り立っていることを、B子はアクションしながら、キャッチしているように思えた。
書いてみることで流れで初めて出てくる文字があるように、発してみることで出てくる言葉の輪郭がある。それらは観察と修練の意義さえ見損なわなければどんな場合にも有用なもので、B子は脱いでいた靴下を履きながら、もしくは体勢を変えて、時間中、水槽の中の金魚が衣裳のように完全にうつくしく尾ひれを翻してターンするように、シームレスに、発声による反響のキャッチを反復する。
B子はきわめて近視らしく、エレベータのボタンは見えず、部屋の番号さえ見えずに入室の際に手間取っていた。
視野がはっきりしないにも関わらず、鏡に対峙してB子は反復する。集中力と仲良くして、言葉の言い淀みや身体への違和感など、詰まりを無くし、スムーズに表現へと浸れるようにならしていく。
自身のアクトが確実性をもって、違和感や異物感のある発露にならないように、芯を捉えていこうとしているようにも見える。納得するアクトを知り、得ていく。心地の良い響きに、作品の冒頭から表現の銃弾を華麗に打つため装備していくように、整えていく。
周囲ではバンドマンがギターやベースを鳴らし、歌っている。周りの演奏練習が聞こえる中に、同種になってB子も溶け込んでいる。
その日は再演の練習がメインであった。今この肉体で、成立するていを模索しているように見えた。
この60分で起こっていることといえば、要するに断片的な発声と表情づくりに見えるのだが、その延長線上にある本懐の部分も、私には感じられたように思えた。
どんな体勢からであってもアレンジの範疇で、自在に台詞が発せられていく。本番の上演からするととかく断片的に。発語というplay。繰り返される試演奏によって稽古が成立していく。
一人芝居であると特に、事前の稽古で変化することで、変化前と変化後の差異によって明確な狙いが予測させられる他ない。オブザーバーは神とB子であり、そこでの評価さえ通れば、上演というのは至って有用なものになりうる。
B子がみせる上演は、事前のクリエイションで変化しきったものであり、上述の通りに明確な狙いであり、B子の産みだした世界に対するB子からの正答であると感じられる。これは当たり前のことではない。ひとりの海洋生物学者が一匹の海洋生物の生態を追いきるようなことであって、人は普通誤魔化してさぼる。しかしB子はその孤独の業務に打ち込み、完全に最適化され効率化された繰り返しを、私たちの目の前に、公演としてのっそりと披露する。このエネルギーを溜め込んで放つ模様は野球やスポーツにも近しく、一方で惚れ惚れとする役者の姿でもある。
B子のこの60分間とは、やけに体力を使うものでもある(奇遇でもないのだろうが、B子の上演は、よくこの60分を軸としてあるようにも思われる)。
これが12時間やられるとなると、どうなるのか。やる側も、関わる側も、観る側も、順接的にきっとみんな楽しめることに違いない。
(平井寛人)
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佐藤佐吉演劇祭2024参加作品
「精神明晰サバナに没す」「さんぽハイ」「日めくりカレンダーAタイプ読み聞かせ」「日めくりカレンダーBタイプ読み聞かせ」
■日程
2024年3月11日(月)
■会場
王子小劇場
住所:東京都北区王子1-14-4-B1
アクセス:
東京メトロ南北線「王子」駅 4番出口より徒歩3分
JR京浜東北線「王子」駅 北口より徒歩5分
東京さくらトラム(都電荒川線)「王子駅前」停留場より徒歩6分
■脚本・演出
B子
■出演
B子
■スタッフ
テクニカル・運営:studio hiari
照明:宇宙論☆講座 照明部
協力:王子小劇場
■タイムスケジュール
3月11日10時開演~21時半終演
10:00~ 「精神明晰サバナに没す」
11:00~ 「さんぽハイ」
12:00~ 「日めくりカレンダーAタイプ読み聞かせ」
13:00~ 「日めくりカレンダーBタイプ読み聞かせ」
14:00~ 「精神明晰サバナに没す」
15:00~ 「さんぽハイ」
16:00~ 「日めくりカレンダーAタイプ読み聞かせ」
17:00~ 「日めくりカレンダーBタイプ読み聞かせ」
18:00~ 「精神明晰サバナに没す」
19:00~ 「さんぽハイ」
20:00~ 「日めくりカレンダーAタイプ読み聞かせ」
21:00~(21:30終演) 「日めくりカレンダーBタイプ読み聞かせ」
※休憩無し
※上演中の出入り自由
※開場は開演の10分前
■料金
当日・予約 3,000円
18歳以下 1,000円
■予約フォーム
https://forms.gle/LfXy3pVrQJQ4GUBz7
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WEBサイト:https://bko.kouentokusetsu.com
X:https://twitter.com/Bko031
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